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終息に向うと書いておきながら、その後放置したままってのもどうかと思う(笑)
まず了解を得たので、1つ紹介したいコメントがある。 音響を担当してくれたJUKEの社長上條さんが、自らのHPで苺に対してメッセージを書いてくれていた。JUKEさんのことは、別記事で取り上げさせてもらい、そこで私たちの想いは書いたが、上條さん側からも、こんな風に感じていただいてたってことが、本当に嬉しい。 以下その文章です↓↓↓↓↓↓↓ 12月10日 BBSより(http://www.mcci.or.jp/www/juke/) サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンド・・・完全再現だ! それも仕事をしている一般のメンバー数百人がチームを組み、 お金のためでなく、自分たちの夢に向かった・・・・ 衣装も完全再現・・・・ 衣装チーム・メイクチーム・オーケストラチーム・弁当コーヒーケータリングチーム・ バンドチーム・司会・音響効果チーム・ステージスタッフ・・・・・ 会場の半分がステージになってしまった・・・・・ チケットは予約で完売・・・Tシャツは売り切れ・・・ inputも結局64chになってしまった・・・・ 素晴らしかった・・・・・何が・・・ そんなみんなの夢に一緒に音響でいれたことが・・・・・ ありがとう「苺畑でつかまえて・・・」そしてお疲れ様でした! ↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑ また、今回とっても感じたことは、見に来てくれたお客さんが、たったあの日一日で、私たちが伝えたいと思っていたことや、見て欲しいと持っていた視点を、本当によく感じてくれるものだなぁということだ。 スタッフは、半年くらい一緒にやってきたのだし、私たちの想いを言葉として伝える場面はあった。だけどお客さんは、ブログやHPを読んでくれてた人がどのくらいいたか解らないが、ほぼ何の情報もなく、あの日やってきただけなわけだ。 いくつかの感想を読ませてもらったが、どれも嬉しい視線だった。 中から、とっても長く書いてくれた2つのブログを紹介させていただく。 <ワタソンさんのブログ> 10月12日 12月11日 12月13日 12月16日 <yujiさんのブログ> 12月11日 ところで・・・・もう一人だけ、とりあげておきたいスタッフがいる。 ラージ飯島である。 このミドリのパーカーを着た、無駄にでかくて、妙に小うるさい男を覚えていることと想う(笑)。彼はステージの機材転換周りを一手に引き受けてくれた。そら〜すばらしい働きブリだった事はあえて書くまでもない。ラージはじめ、あのステージ周りの動きといったら芸術の域に達してた。まぁ、これだけデカイ体と声で、ステージ裏をウロウロしていれば、隠れてやってたって目立たざるをえないし、何もわざわざブログで取り上げることもないのだが(笑)、 がしかし・・・ 「ミドリの男がバリバリやってた」ってことは皆の記憶にあっても、実はそれが苺スタッフのラージという男だったということは・・・、意外にわかってないヒトが多いらしい(爆)。 あまりのテキパキさと、はまりすぎてるミドリのパーカーで すっかり「業者のヒト」だと思われているらしいのだ(おかしすぎ)。 ここに断言しておこう。 彼は随分前にプロジェクターを貸してもらう件でもブログに一度登場している、レッキとした苺スタッフであり、普段はギターを鳴らしまくるミュージシャンである。実は仕事の関係で本番に来れるかどうかは2週間前まで確定せず、来れるとなったら急浮上してきて、一気にステージ転換を仕切った男。 ![]() その意気込みで前々日夜から乗り込んできて 夜中にはビールを漁りに来た・・・・決定的瞬間 「え? おれ、ラージっす」 |
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早いもので、苺も「去年」のこととなった。
そろそろ「苺2007版ブログ」も終息にむかった方がいいかもしれない。 このブログを書き続けた理由はいろいろあるが 中でも、「参加感」と「臨場感」を共有したかったことが一番だ。 なにがどう進んでいるのか 主催者は何を感じているのか 当日フタをあけるまで、何も見えないのではなく そこに行かなくても、同体験ができるように。 過程こそを共有できるように。 それでも、書ききれなかったことはたくさんある。 かけてくれた気持ちや、かけてくれた時間や作業のことを もっともっとお伝えしたかったのだが。 そういえば、28IFさんの芸術を、今年はあまり紹介できなかった。 終息に向うに当たって、これは書いておかねばならない(笑)。 去年同様、演奏者の似顔絵を全部書いてくれたのは、彼だ。 人間ジャケットの前の「BEATLES」の文字、 ジャケット内の紙で作られたヤシの葉、 「All You Need Is Love」で登場したプラカードの文字、 パンの販売コーナーを飾った、ワゴンの車輪、 細かい芸術作品は全て28IFさんの手によるものだ。 それからもう一人、あまりに近すぎて書いてない人がいた。「ウニ」だ(笑)。 いや、「ウニ」という名前は、もう忘れられないほど登場回数は多かったかもしれないが、WEBやチラシの製作、スクリーン映像や絵本の製版など、作業レベルの力もさることながら、なんというか・・名前のつかない部分全てのサポート力・・・いや、「サポート」というには、「サポート」がかわいそうなくらい「度」を超えたサポート(笑)。 いうまでもなく、去年同様主催者の私たち・・・特に私の、一番近くにいた存在である。「サポート」という言葉を使うのは、「主体ではない」という意味ではなく、「サポート」であるからこその彼女の動きが感動的だったからだ。 当然ながら、主催者によってイベントの主旨も色も変わるだろう。 ウニが立ち上げたイベントであれば、よって同じものにはならないはずだ。つまり彼女の考えや性質が私たちと元々一致していたわけではないのだ。一致してたからできたわけではなく、主催者の意思や主旨や気持ちを、彼女は意識して"理解"し、自分の中に取り込んだ。「従った」わけではない。だから主旨上の議論も彼女とはできた。 私の頭の中が見えるかのように、苦手なところや煩わしいところの穴を埋めていってくれた。作る側とチェックする側も交代した。うにが作ったものには私が注文をつけ、私が描いた絵やストーリーにはウニがダメダシをした。「作業の分担」がうまくいったのではなく、「分担しなくてもいい」ところが凄かった。とにかくやりやすかった。いや多分、うにがいなければできなかった。もちろんそれは私の方からの感想であって、ウニからすれば、私がそう動けるように、そここそを配慮してくれたわけだ。 なんせわかりにくいかもしれないが、そんな位置にいた奴である。もはや作業でないだけに書ききれない。書く代わりに、苺で蔓延していた「ハグ」が大嫌いだというウニを、それでも私は抱きしめたい(笑)。 最後のあがきで、この二人だけ追記してみたが 他にも書き漏らしてる人はたくさんいる。 ビデオを撮るために何も解らないまま(笑)兵庫県から来てくれたannちゃん。 「バンド一丸となって参加強力することを決めました!」なんてメールくれたSheSaidの面々。 いつも一番に反応を返してくれた、引っ込み思案だと思っていた彼女の気持ち。 それに多分、私のまるで知らないところで気持ちをかけてくれた人たち。 そして改めて書くが 演奏してくれたバンド、インド、オーケストラのメンバー 本番までのプレッシャーや、本番での気持ちの保ち方は 単純に「楽しい」とだけでは片付けられないほどの重さがあったかもしれない。 どうあっても、音楽のイベントだ。ライブイベントだ。 気持ちのない音楽はつまらないが、気持ちだけで音楽はできない。 その中心のものを、全て背負ってくれたメンバー。 本当に尊敬を持って、拍手をおくりたい。 今となってはもう、私が紹介する必要もない。 それぞれでよい。それぞれがよい。 ああ・・これまで、けっこう上手くマトメてきたのに(自画自賛かよ) 最後になって取り止めがなくなってしまった(笑)。 今日はひとまず、このへんでやめておこう・・・ って・・終息しねーじゃん・・・(笑) |
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裏舞台ってわけではないが、PAを担当してくれた(有)ジュークさんのことを少し書いておきたい。
8日の13時、予定通りPAのJUKEさん主導の元、音作りがはじまった。 その後各チームのリハが続く。本番の音が今作られてゆく。 いつになく緊迫と興奮が抑えられないのも仕方がない。 その中で、今回音響を請け負ってくれたJUKEさんの仕事は、まさに見事の一言だった。 いや「一言」で書くにはもったいないのだが(笑)、JUKE社長の上條さん、基本的姿勢は「やりたいと思うことは全て言ってみて。できるできないはそれからだ」・・・彼が言い続けてくれたこの言葉に集約されてると思う。私達にも「プレイヤーはこだわりがあるのは当然。ソレは無理だよ、って抑えなくていいからね」と繰り返していた。 いや・・・まず体制のことを書くべきなのだろうか。 10名のバンドに8本のボーカルマイクやアコースティックギターというだけでも小規模とはいえない。その電気を通して鳴らす楽器と、弦や管という空気を震わせて鳴らす楽器を組み合わせる。30名強のオーケストラには2〜3人に1つのマイクを置いた。さらに音量の小さいインドの民族楽器には、1台に2つづつのマイクを設置し、さらに14名のゴスペル隊の声も拾う。 さらにいえば、そこに演出上の効果音を挿入したり、リバーブの深さ、左右への音のフリなど、曲ごとに変えてゆくというコダワリも受け入れてもらっている。 これだけのバランスを、「今現在最高の音」ではなく、「明日の本番」を想定しながら作ってゆく。バンドライブのリハセッティング中、「バランスの調整」に入る以前に、耳を突き抜けるような大きな電気音やハウリングが会場に響き、それを抑えることに時間を費やすことも多いと感じてるんだけど(おさまったらOKみたいな)、今回は、これだけのマイクと楽器の多い状況にもかかわらず、そういう基本的なことはあっという間に出来上がってしまった。 バランス・・・これにはミュージシャン間でも異なる主張があるし、 会場に聞こえる音と、ステージ内でミュージシャンに聞こえる音との関係もあるし、 もちろん会場的な限界もある。 ミュージシャンの要望と、それを受けるPA技術者の考えは ぶつかることも少なくない場面だ。 しかしJUKEさんは、PAはPAのためのPAではなく、お客さんが気持ちよく聞こえることはもちろん、そのためにはミュージシャンが良い演奏をできる「気持ち」のフォローを重視した。 彼は、「音」とは、単に「機械が作る音」ではないと捉えているのだ。 具体的なセッティングの可能不可能という話以前に、「音」には、プレイヤーの気持ちが反映する。コダワリを一蹴されたら、その時点の気持ちが音から離れてしまう。結果的に理想的な形が作れなかったとしても、希望を組み込もうとしてゆくその共同作業の中で、「気持ち」が「音」を変えてゆくこともある・・・という考え方。 「うん、今少し、みんなテンションがあがってるね。 少し気持ちを浅間山にポーンと放り投げてみようか(笑)」 なんて指示が、PA業者さんのマイクから投げかけられるのを私は初めて聞いた(笑)。 しかしそれで・・・本当に音がはっきりわかるほど落ち着くのだ。 「ボリュームか・・何か変えたんですか」と思わず聞いたら 「いや、僕は何もしていないよ」と笑っていた。 気持ちは音に現れる・・・・ PAは単に卓を操作するだけではなく、プレイヤーと一緒にライブをしている。 JUKEさんはそれをアタリマエのように実践していた。 |












